確かにその宿は安いわりにいつも空きがある。疑ってしかるべきだった。階下の薄暗いロッカールームに吉祥寺で買ったダイヤル式の錠をして安心していた俺の負けである。初めは気がつかなかった。朝起きてロッカーを開けようとして開けづらいので、無理矢理開けると、バックパックの普段開けない方の口が開いており、ん?とカメラが入っているはずの小さいカバンのほうを持ち上げてみる。軽い。しかも開いている。血の気が引いた。どこかに置き忘れたか?否、この状況を見よ。紛れもなく盗難である。寝ぼけながらも動悸が速くなる。他のものは?iPodもやられた、と思ったらカバンの中でケースから落ちて底に残っていた。交換レンズ、これは奥底にあったはずだが無い。綺麗にカメラ一式だけない。あとは全部ある。日本円数千円も残ったままだ。カメラだけ抜き取って丁寧にロッカーの鍵までかけていく。これは常連だろう。出来心にしては鮮やかである。ああもうあいつとの再会は絶望的だ!俺の5Dよ…。今どんな奴の手に渡っているのか。丁寧に扱われているのか。怒りの遣り場もない。
そもそも35万のカメラを持って安宿を泊まり歩くこと自体無理があったのだ。分相応というものがある。実にカメラ1台で3ヶ月分の宿代なのだ。パスポートと財布は離さず寝ていたのが救いである。今まで一度たりとも旅で盗難にあった事などなかったのに、安全と言われる北欧で35万も盗られる。明らかにキャパオーバーを見誤った結果である。
そうして今、俺は手ぶらになった。荷物はもう持たない。片時も気を抜けない緊張感はもうない。ITに浸り過ぎてグッタリすることももうない。とられるものは、もう何もないのである。
(8月12日の日記より抜粋)

というわけで撮るものも盗られるものも無くなったここから、欧州話人は文章主体による第二章に入ります。今まで旅の途中で会った皆さん、そういう訳で写真データ、全て無くなってしまいました!申し訳ない!